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こざっぱりとしたいで立ちという言いようをしたが、それは…仰々しい神威を滲ませるような勇ましい甲冑だの、若しくは神話に出て来そうな長い裳裾を引きずる聖なるトーガだのをまとっていた訳ではないという意味であり。丁度ここにお揃いの3人の魔導師様たちがお召しのそれのような、襟が立ったかっちりとした型で裾の長い上着、所謂“道士服”を着込んだ、なかなかに凛々しいお姿をしておられるお二人であり、
「此処へと招き入れておきながら、その上へ更に試すようなことを致しましたのも、外の世界の騒がしさがいやに間近まで迫っておりましたゆえ、警戒に警戒を重ねましたからなのですが。」
実を言うと、この聖域へと踏み込んだその途端という素早さで、セナの肩を支えていた葉柱と、あっと言う間に入れ替わっていたらしき聖霊の筧さんだったのだそうで。漆黒の髪にいや映える、深色の涼しげな目許も冴え冴えと。真摯なお顔でそうと語って下さった彼へ、
「まあ、俺らが試されたのは仕方がなかろうさ。」
のんびり構えていられるほどには時間がないという立場だったため、ついつい不平たらたらでいたものの、蛭魔だとてその辺りへは理解も及ぶらしく、
「そうそう ほいほいと、誰彼構わず接近出来るようでは、聖なるクリスタルも有り難みも薄いってもんだしな。」
「…妖一ってば。」
口の悪さは相変わらずで、しかも相手が人でも人ならぬものでも関係なく、恐れるものなんてない点は…以下同文と来て。あまりに大上段からのお言いようをする彼なのへ、一応は窘めるようなお声をかけた桜庭さんだったが。だからと言って、
「でも、入れ替わる相手に妖一を選ばなかったところなんて大したもんだよ? そんなことしてたら、まずはあっさりと この僕に見破られてただろうからね。」
相手を畏れ多い存在だとまでは認識していないところは、二人お揃い、いい勝負かも知れない。(苦笑) どこまで本気でどこまでがお愛想なんだか、少々ややこしい応酬を交わし合っていたのは、セナが後ろ手に縛られていた葉柱さんの治療にかかっていたからで。丈夫なツタでくくられていたものを、何とか自力で引き千切ろうと盛んに暴れたらしいのが仇になり、揩こすれたところを痛々しくも擦り剥いていらしたのへ、セナが“このくらいはさせて下さい”と言い出し、治癒の咒で回復させていたのだが。
「…もういいぞ? 大して痛くもないんだし。」
もともと怪我なんてほどのものでなし。それよりも、小さくて柔らかい、愛らしい手がちょこちょこと触れるのが擽ったくてしようがないらしい葉柱が、さっさと切り上げさせようという声をかけるのへ、
「ダメですよう。」
日頃の物怖じや及び腰は何処へやらで、怒ってでもいるかのようにしっかりした声を出し、相手が引っ込めようとする手をぐっと捕まえる王子様。さして力はかかっていなかろうに、ちりりと痛んだらしい顔になったのへ、ほらご覧なさいと治療を続ける彼であり。そして、そんな様子を何とも微笑ましいものとして、和んだ眼差しで見やる他の皆様だったりする辺り。………混乱と焦燥の中にあっての、一服の清涼剤ってところなのでしょうかしら。(おいおい) 仔猫の姿のカメちゃんが、抱っこされたセナ様のお膝という至近から、じっと見守る優しいお手当て。手のひらから温かな“気”を送って傷病を癒す、一番基本の咒とやらを施しての治療が何とか済むと、一時停止状態だった対話の方へと全員の意識も立ち戻り、もうすっかりと暮れてしまった宵の中、適当な丸太や切り株を椅子代わり、簡単な石組みにて設けた竈に躍る炎群を囲んで、まずはと筧が口を開いた。
「光の公主様が当世に転生なされていたという気配は、此処に居ながらではありますが、私共も感じ取っておりました。」
聖と魔を象徴し、それぞれの力そのものでもあるのが光と闇で。千年に一度、いやいやもっと長かったスパンを経て、やっと降臨なされし“光の公主”は。負世界の陰体たちが混沌の“虚無”への一体化を目指して襲い来るのへ対抗し、彼らを打ちのめし封すための陽界すべての光を統べる御方。となれば、同じ聖なる属性の存在として自分たちの上位におわす方なれど。とはいえ、人の世に降臨なさる和子でもあるから、精霊という存在の自分たちがわざわざのご挨拶に出向くようなことでなし。その登場とともに、この陽世界への侵略を目論んでいた“闇の者”をも見事に成敗なされたので。まま当分は、闇の眷属が跋扈するような荒ぶる時代になるでなく、安寧の世代が続くことだろうと静観していたところが、
「やはりそれだけでは済まなんだ…ということなんでしょうね、これは。」
破綻のないまま葉柱と入れ替わっていられたほどだから、彼らがどういう経緯から此処へ来たかも ある程度は把握している、黒髪の聖霊様であるらしく。何も、世が乱れるところに必ずしも生まれ落ちる“公主様”ではないながら、あまりに何の騒動もない時勢へのほほんと現れる存在でもない…ということか。天空の怒り、大地の嘆き。所謂“天変地異”に招かれしこともあらば、人心の乱れや大いなる不穏に何かが弾かれて、それでと降臨なさることもあったらしく。そんな前例たちはだが、悉く“闇の者”に嗅ぎつけられては相殺封滅という悲劇を辿り、これまでのどんな世代にも“光の公主”は誕生せしめず。そんな気配に遅ればせながら気づいた者たちで、それ以上の破綻は喰い止めんとばかりの世の粛正を果たし、今日までをしのいで来た…ということなのだろう。それが今回、このセナ様におかれては、しっかとその存在を現された。彼を滅せよと命じられた魔物の手落ちかそれとも、そうまで強い潜在能力を秘めた御方なのか。そうまでお強い方がいらしたということは、ただならぬ何かが胎動すると…人知ではもはや押さえ込めぬ事態が、今世に起きようとしていたからこそのことなのか。
「でも…炎獄の民の末裔の方々というのは、邪妖ではありませんよね。」
光の公主が粛正するというのは、この人世を混乱に陥れ、やがては世界を“混沌”へ戻そうと企む、暗黒の覇王から遣わされし“闇の眷属”すなわち、魔物や邪妖たちである筈で。先の騒動では、確かにそういう輩との壮絶な戦いに挑んだ彼らでもあったのだが。今回、彼らへと直接襲い掛かって来たのはそれとは違う。その身を亜空経由で移動させたり、相手の意識をねじ伏せるような念じを使えたりという、それはそれは特殊な能力こそ持ってはいたが、邪妖などでは決してない、自分たちと何ら変わらぬ“生身の人間たち”だった。だからこそ、セナなどはすっかり混乱してしまったし、
「炎獄の民か。陽白の一族が見かねたように連れ出した人々のことですね。」
「見かねた?」
陽白の一族に縁深い隠れ里とのつながりがある存在だからか、聖霊の筧は彼らに関しても色々と知っているらしく、
「ええ。」
丁度 皆の中央で生き生きと躍る炎群を見やりつつ、重々しいお顔になって深々と頷いてから、
「確かに、妖魔との戦い“聖魔戦争”の最中には、そのずば抜けた武力も頼りにされ、よくよく重用されもした彼らでしょうが。戦が収まれば、戦闘力ばかりが特化された存在は行き場がなくなるもの。刀鍛治が平穏な時代には農具や包丁、荷車の車軸を作る職人になるような、そんな応用が利くならともかく。敵兵を一気に薙ぎ倒す方法しか知らない者たちは、英雄だった誉れが霞むにつれて、最も役立たずな存在へと成り下がり、かつての猛将が“ただの乱暴者だ”とばかり、敬遠されるまでの落ちぶれ方もしたらしくて。」
それが唯一のアイデンティティーだった者たちだから尚のこと、遣り切れぬ想いに苛まれ、むずがるように暴れてはますます評判が落ちる悪循環。そのままではせっかくの平和のバランスがどう崩れるやも知れなくて。一触即発という状態にまでならぬうち、せめて悪魔と罵られる前にとの慈悲あってのことだろう。彼らが守った御方々、陽白の一族がまずはと人間たちの傍らから彼らを引き剥がし、そして…。
「どのような力を発動させたものやら。
自分たち諸共に、この地上からその存在を消し去ってしまったのです。」
「………っ。」
思えば…やはり結構な格の精霊だった桜庭が、そんな人々がいただなんて全く知らなかった“陽白の一族”であり。痕跡も何もすっかりと、この世界から消し去った彼らだったのならば、それも致し方ないこと。
「それを“罰”と呼ぶのはあまりに理不尽なことだから。それでそんな事実ごと、記録に残さず、封印されていたのだろうね。」
あのアケメネイの隠れ里の惣領様、葉柱の父上も仰有っていらしたこと。陽白の一族を支えた、守った、勇者たちという記録しかないのは、それは悲しい壮絶な最期を遂げたからではなかろうか。アケメネイの聖域を守ることを彼らの祖先へ使命として言い聞かせ、それから姿を消したとされている“陽白の一族”もまた、実は同時に…恐らくはそうでもしないと封じ切ることがかなわなかったのでということか、その存在を殉じたらしいのだが、
「そのような彼らが…その末裔がまさか生き延びていたとは。」
今回の騒動にて掘り起こされたは、あの忌まわしき双焔の紋(フレイム・タナトス)と、それから。とんでもない咒力を奮う、異郷の装束をまといし人々。そして…その紋にて意識を封じられていた、今も相手の手中にある白き騎士。
「他には、何か知らねぇか。」
兵法の基本は敵を知ること…という訳でもなかったが、どんな些細なことでも知っておいた方がよかろう、あまりに未知数な相手だったから。
「炎眼とかいう、あの赤い眸のこととか、」
もしかしたなら…禁断の“闇の咒”に手を出したからこそ備わった力なのかもと、その強烈な威力をもってそうと確定しかかっていた、彼らのあの赤い眸。そして、もしもそうであるのなら、やはり…どちらかが壊滅するしかない“戦い”をもってでしか、決着はつけられない自分たちなのであろうかと。金髪痩躯の黒魔導師、蛭魔がわざわざ、真摯な眼差しを向けて言葉を重ねれば、
「そうですね。…これは当時のことで、今の彼らにも共通しているのかどうか。」
そうと前おいてから、
「炎獄の民には“約束された時間”というのがあって。」
筧はそんなことを言い足した。
「“約束された時間”?」
何とも抽象的な言いようだなと、思わずのこと、葉柱が怪訝そうに眉を顰めつつ訊き返すと、筧は“ええ”と顎を引き、
「彼ら独自の観念とでもいうのでしょうか、罪を許される期限というものがあるのだそうです。」
さすがに、戦うことを完全肯定してはいなかったということだろうか。
「陽白の一族と諸共に滅びの封印をかけられた彼らの一部が、それでも生き延び、その期限を、何を許されるのかという方向からではなく、それでも何かしらの目処として代々言い伝えながらその期限が過ぎるまでと漫然とでも待っていたのなら…。」
そう言えば。進は外海の大陸からやって来た難民たちの船に乗っていた内の一人だったという。滅びの咒から逃れた先、遠い何処かの別の大陸。そこから、幾星層もの歳月を経て、再びこの地へと戻って来た人々。
――― そうまで遠い記憶を、事実を、
何代も隔てた今の時代まで覚えていられたのはどうして?
咒だの聖魔戦争なんぞに恐らくは縁なぞなかった土地にいながらも、遥か昔、此処で生まれた彼らだと、故郷であると、覚えていられた彼らなのは、そういった何か、目印のようなもの、約束のようなものがあったればのことではなかろうか。
「けれど。かなり苛烈な一族だって話じゃないか。」
「ええ。不自然な特化をした反作用かも知れませんが。」
豪火一閃。剛く短く、華々しく生きた猛将たちを、聖霊さんも幾たりか覚えておいでであったらしく。そういう人々が外地で穏便に過ごせるものだろうかと感じた蛭魔へ、
「そんな彼らを束ねる宗家があったと聞いております。」
「宗家?」
おやと。蛭魔や葉柱が怪訝そうに眉を寄せる。それはお初に聞くフレーズだからで、
「陽白の一族に直接仕えていた、言わばパイプ役。伝達係のような、それでいて皆を結束させる束ねの立場にもあったらしいとしか覚えていないのですけれど。」
と。言葉を切った筧は、自分の裡うちの記憶を丹念にまさぐり直しているかのように、その視線を躍る炎焔の上へと据えてから、
「約束された時間というのも、その宗家が唱えてた主張で。それ故にどんな暴挙も許されるから、罪も浄化されるからと。思う存分、遺憾なく、持ち得る力を発揮せよと、一族を鼓舞する役目を担ってたらしい。」
思うところはやはり過激であったけれど、他の人々ほど単純ではなかったらしく、正論とするための一応の定義づけをしていたということか。
「…もしかして。」
「ああ。」
その宗家の人間が生き残りの中にいたとしたなら。彼が機転を利かせて立ち働いて、生き残りが命からがら外海へと脱出し。時が来さえしたならば、自分たちを追う“滅びの制裁”からさえ逃れ得るという説法を説き続けて皆をまとめ、他の者らもまた、素直にそれを唯一の支えとしていたなら?
「話としては突飛ではあるが。」
「人の執念ほど恐ろしいものはないからねぇ。」
現に、同族で結託しての行動を取っている彼らだ。そういったものが根底にあっての結束であるのなら、なるほど絆も強かろうし、おのおのの力だってうんと練られて集中力も増し、強大なそれにもなろう。
「そういう背景ありきな一族だったか。」
実際に対峙し合ってもなお、謎ばかりが先行し、ただ名前だけがお札みたいに読めてた存在。そこへと、但し書きがつき、プロフィール表がつき、しっかりとした肉付けがなされて質感まで整って。
「………。」
ふ〜んと聞いていたセナの肩を、いつの間にやら抱え込んでた蛭魔さん、
「判ってんのか? どういう敵と相対さにゃならんのか。」
「え?」
不意を突かれたように顔を上げれば、そこへすかさず、
「お前のこった。どうせまた、それまでは味方だった陽白の一族から滅ぼされただなんて可哀想だくらいに思ってやがるに違いない。」
「あわわ…。////////」
この慌てようから察するに、やはり図星であったらしくて。そこへと黒髪の聖霊様がお声をかける。
――― 他の方々からも言われたことではありましょうが。
そうと前おいてから、
「覚悟を決めなさい。」
やさしいということと、ただの優柔不断は別物です。いつも態度がつれないからといって、その人の心根までもが冷え冷えと凍っている訳ではないのと同じようにね。
「その、進とかいう騎士も、あなたが悲しむことであれ、無事でいてさえくれるのならばと、そう思ってあなたを連れてはいけないと、その身を突き放したのでしょう?」
「…っ。///////」
竈に燃える炎の赤を浴びた以上に、その頬を赤く染め。事細かく話した覚えは無かったのにと、それもあっての愕然としたお顔になったセナへ、
「悪りぃ。心を覗き見るなんて最低だけれど、あんた、あんまりにも悲しそうにしていたから。」
水精だと紹介された青年、健悟とやらの方がごめんなさいと頭を下げた。どこか凛とし静謐な、落ち着き払った筧とは随分と雰囲気が異なり、神秘的な…というよりも、屈託がなくて無邪気そうな、そんな生気に満ちている彼であり。そうだと感じさせていた闊達さが、だが、今はちょっとばかり打ち沈み、
「心から離れない面影を、ずっとずっと胸に抱えてて。その手のメダリオンを、無意識の内だろう、しきりと撫でてた。」
防寒用の手ぶくろじゃあなく、本来は武装具だという片方だけの革のグローブ。その甲のところに飾られし、防具を兼ねた鋼のメダリオンを撫でていたと指摘されたセナが、
「…え?」
再びハッとしたところを見ると、やはり当人もそれと気づかずに触れていたのだろう。これは他でもない、あの、何につけ不器用そうな進が“セナに似合うだろうと思ったから”と選んで下さったプレゼント。いつぞやのポインセチアは、セナが懐かしそうに話していた中で紹介されていたお花であり、言わば、彼の記憶のストックから出たものだったが、こっちは全くの別物。言わば、進からのセナへの想いのみが形になったもの。武装具だというところが何とも彼らしいチョイスであり、大方、自分の装備の修理か何かで街へ出た時に、武具屋で見かけて買ったのだろうよと、蛭魔がからかうように言ったのへ、
『何故知っているのだ?』
そんな詳細まで誰にも話してはいないし、高見や誰かと出向いた訳でもなかったのにと、千里眼のような術も使えるのか?などと、本気でキョトンとしていたことでもセナを泣きたいような擽ったさで暖めて下さった優しい人。
「大切な人だろうに、なのに、思い出しながら寂しそうな哀しそうな顔のままなんて。何でそうなのかなって、気になって。」
それで…つい、お心の表面、形になってる範囲内の“想い”を覗かせていただきましたと正直に白状し、もう一回と頭を下げる健悟へ、
「…ううん。」
セナはゆっくりとかぶりを振って見せる。そうまで…初めて逢った精霊さんにまでご心配をかけちゃうほどに、じぶんはやっぱりずっとずっと、進さんのことをばかり想っていて。なのにね、あのね?
――― それって邪念なの? 雑念なの?
たやすく揺れた、頼りない心。ああやはりボクは、まだまだ未熟な子供なのだ。誰かと真っ向から対峙出来るまでの確固たる自信もない。気持ちのむずがりだけが、皆さんを困らせるレベルばかりが一人前で。
「本当の優しさというのは、強さの上にこそ成り立つもの。懐ろへと入れた者を、庇い守るからと宣言した相手を心から信じ、それをどこまでも貫き通せる器量や、柔軟にして強靭な奥行きある心掛けでいなくてはなりませんからね。」
そうでないものは、単なるその場しのぎ。若しくは…相手を傷つけたくはないと言いつつ、自分こそが傷つきたくないからと繰り出した詭弁にすぎない。
「そして本当の強さとは、揺るぎなき自信の上へ立つ信念のことです。」
腕力でも胆力でもない、勿論のこと、弁舌軽やかで機転にも巧みに通じているような狡猾さでもない。
「人の人としての強さとは、自分で自分をどれほど信じているのかに尽きます。」
筧は それこそ強靭そうな、腹を据えたしっかりとした声音で言い放ち、それから。
「………。」
自信だなんて、今の自分には一番に遠いことだと言いたげな、そんな頼りなげなお顔でいた小さな公主様へ、
「何につけ脆弱でも、はたまた臆病であってもいい。」
「…え?」
だって、自信を持たなきゃいけないのでしょう? 矛盾してはいませんかと、お顔を上げた小さな公主様へ、
「自分でそれと決めたことへだけは、頑迷なまでに動かず左右されず。何があろうと揺らがず、押し通し、逃げないこと。それが“信念”という強さなのですよ。」
殊更、諭すように励ますようにと告げられた言葉には、蛭魔や桜庭、葉柱も、それぞれなりに どこかしら、擽ったそうなお顔をする。
――― ああそうだ、それを自分たちも君へは言いたかったんだよ。
大切な人への大切だという気持ちを恥ずかしいと思わない。進のことは勿論そうだし、怪我をした葉柱さんも心配だったし。誰へでも喧嘩腰な態度ばかり取る蛭魔さんへだって、本当はお優しい方なのに誤解されて嫌われても良いのかしら、優しい桜庭さんにまであんな乱暴でいいのかしらと、これも心からハラハラしてしまう優しい子。誰かを傷つけるものをほしいと思う心は邪念ではなかろうかと、大切な人を奪った相手へまで気遣いをするよな、どうしてくれようかと思うほどに困ったところを持つ君は、それは一途で真っ直ぐで。臆病な心を動揺に震わせながらも、それでもこうして此処までやって来た、案外と実行力のある王子様。ただ嘆いているだけでは始まらないからと頭を上げて、ついて来たからには足手まといにならぬよう、怖くても辛くても頑張ってる。光の公主様だからじゃあなく、そんなまで真摯で懸命な君だから、スノウ・ハミングのカメちゃんだってこうまで懐いているのだし。非力な君なら自分が補ってやろう、助けてやろうかいという、それは頼もしい人たちも彼の周囲へ集まるのではなかろうか。
「…信念?」
揺るがせに出来ないものを持つこと、持つ人。自分は果たしてそうだろうか? 皆さんは、自分が“光の公主”だからついて来てくれているのではないの? 自分が自分である信念、らしさをちゃんと持っていると、だからこそ助けて下さるの?
「それがそのまま“正しいこと”かどうかは、また別の問題になるんだけれどもね。」
「………☆」
間が良いんだか悪いんだか。どこか剽軽な水精さんが、そんな一言を付け足したもんだから、
「健悟〜〜〜。」
余計なことは言わんでよろしいと、あくまでもお呑気なお仲間へ…少々お顔を引きつらせてから、んんっと咳払いをした黒髪の聖霊様、
「いきなり言われても、というお顔ですよね。」
まだ戸惑いの消えぬセナへ、深色の眸を真っ直ぐに向け、
「これが理解出来たかどうか。あなたにはちょっとした試練を受けてもらいます。」
「………はい?」
励まされたその直後に、という段取りだったので。何の話だかにちょこっとばかり、乗り遅れかかったセナだったが。ああ、もしかして…
“アクア・クリスタルの…?”
聖なる水晶。闇の眷属のはらむ魔の瘴気を祓い、使い手の剣撃の威力を高めるとさえ言われている“聖剣”を生み出すのに必要な、不思議な石。それを求めてこの聖域へ、水晶の谷へと踏み込んだ自分たちなのであり、いえ…忘れていた訳ではありませんが。
「え? え?」
不意を突かれてのこと。まだまだ幼い気配の色濃く残るお顔に、キョトンと素直に驚きの表情を浮かべてしまったそこへ、
「ひゃっ!」
地を震わして どんっと弾けし、何事か。ハッとし周囲を見回すと、その動作が追いつけない素早さで、真っ白な霧に辺りが覆われ、何にも見えなくなってしまい、
「蛭魔さん? 桜庭さん?」
葉柱さんも、筧さんや健悟さんもその姿が消えていて。小さなセナ様、唐突ながら“試練”とやらに、たった独りで放り込まれた模様です。
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*ほんっとに進まなくってすいませんです。
まだまだ先は長いです。(とほほん) |